もうあと数時間で7月に入ろうかとするタイミングだが、あれは5月のこと。
年に一度、楽しみにしている日があった。
サークルという野外音楽フェスである。
出演アーティストが毎度のことタイプなのもすごいが、子どもがその辺を走り回っていたり、まったり昼寝してるカップルがいたりと、ファミリーでもラフに来れる空気感が素敵だったりする。
僕は小中学校の同級生数名と行くのが恒例で、結婚したり家族ができてからも一緒に行こうな、という約束のもと僕以外のそれぞれは変化がありながらも今年で5回目。
田舎から出てくる旧友たちと共に、好きな音楽を聞きながら昼から酒を飲んで過ごす一日は、盆と正月に並ぶ最高の非日常である。
当然、その非日常を完全にプライベートな状態にするため、誰に気付かれることもなく数週間前から調整に入るのだが、今年は特に最高の仕上がりで、余程の事態でもなければ僕の携帯がバイブすることはないという無敵タイムを創出していた。
そんな疑う余地もない自信と、偉い叔父がチケットを取ってくれて3代目JSBのライブに来れた女子高生のようなテンションを見事にひっくり返されたのは当日のこと。
入場ゲートでカットインしてきたこの男である。
年一回の非日常に、年間を通じて一番やっかいな日常の介入。
眼鏡を外したフェス仕様が余計腹立たしい、ご存知、坂田君だ。
そいういえば彼は、昨年もこのフェスに出現している。
そのアプローチはかなり特殊で、ひとりでチケットを買い、ひとりで会場に来るという、ひとりフェス方式。
最後までそのひとりフェスで完結してくれればさほど影響はないのだが、問題なのは会場で知っている人を見つけたら寄生するという点である。
宿主の属性は問わず。ファミリーだろうがカップルだろうが、そこそこの知り合いであれば無差別に寄生する習性を持っていて、昨年は僕も仲の良いグループが3組ほど犠牲になっている。
昨年の宿主達が今年来ないという情報を得たからなのか当時定かではなかったが、やたらと「チケット取りました?」という事前リサーチを気に止めなかったのがこの結果だ。
入場でごった返すゲート付近。間もなく我々も入場というタイミングでは、後ろに300人はいるだろうという長蛇の列だったが、僕を見つけた坂田君は最後尾から一瞬でワープを果たす。
そもそも割り込み自体ルール違反だが、並ぶよりまずは知り合いを探してみよう!という発想が理解できない。
坂田君「あ、片岡さん!(ワザとらしい)」
僕「は?なに?後ろにならんでよ。割り込みダメでしょ。」
厄介すぎる日常の介入を阻止すべく、圧倒的に嫌悪感を露にするも、はにかんでいるだけであまり効果はないようだ。
むしろ、こちらの苛立ちなんて気にも止めない坂田君は、同行していた僕の同級生へ、ちゃっかり自己紹介を済ませ、着々と居場所をつくりはじめているではないか。
このまま居座る気じゃないだろうな。。。
瞬間そんな最悪の事態が頭を過ったものの、実はこの段階ではまだ楽観視しているフシもあった。
それは奴の顔の広さである。
昨年のフェスでの寄生実績に然り、仕事やプライベートで人と会った際「坂田さんと同じ職場なんですね」なんてことを言ってくる失礼な方も結構いたり。
会場に入りさえすれば、他にパラサイトしてくれるだろう。
そう踏んだ僕は、積極的にビールを買いに行かせて会場をウロウロするチャンスを与えたり、でっかいシートに見張り番と称して置いてけぼりにして視認性を上げてみたりと移住先を斡旋したのだが、なかなか宿主が見つからず。
そうこうしている間に、こちらはまた別の友達が合流したりしていて、どんどん坂田君の居心地は悪くなり、遂にはその気まずささから新たな宿主を探す旅に出る。
はずだった。
が、気がつけば皆それなりにアルコールもまわり、いつの間にかメンバーの一員として完全に着生している坂田君。
その何とも不思議な光景を最後に、僕も次第にアルコールと音楽に飲まれてしまい、結果、フェス後の飲み会からラストまで彼の寄生を許してしまったという何とも情けないくも、非日常を日常によって支配されたという物語の顛末である。
まあ、旧友の皆がそれなりに楽しかったようなので、結果オーライではあるが、個人的には何だか腑に落ちないこの経緯を冷静に分析するに坂田君の持つ類希なる鈍さが起因しているように思う。
その鈍さとは、3つのカテゴリに分けられる。
【容姿】
イケメンではないことは断言できるが、ポッテリとした唇と鈍い表情筋に目を奪われ、時に前歯が抜け落ちていることもあるので、一度見たら忘れたくても忘れわれない仕様になっている。
ファッションもオシャレとは言い難いが、定番のシャツを必ず第一ボタンを止めていることに、面倒なこだわりが伺える。夏にマウンテンブーツという季節を感じさせない鈍いスタイルが前衛的だ。
【行動】
気は使わないのか、使えないのだろう。気を使ったシーンを見たことは過去一切見た事がない。そのフェス後の飲み会でも、体育会系の先輩達(僕ら)の誰のグラスを気にかけることもなく、むしろ気にかけてもらう姿が印象的。
職場では、ひとたびトイレに入ろうものなら商談を切り裂くほどの轟音で小便を響かせるという、ナイアガラの異名を持つ。
【ハート】
前述の通り、気をつかうわけでもなく、面白いことを言うわけでもない。今回の場合、坂田君以外は同じ釜のメシを喰らった圧倒的身内メンバーだというに、ただただそこに居座る勇気には正直敬意を表したい(俺は絶対無理だ)。
おおよそ来ることを求められていないであろう会合であっても「顔を出します(僕が顔ださないとマズい)」という口ぶりで退社するスタイルはもはや日常。
以上が坂田君という人の鈍さのまとめであり、ある意味スゴさでもある。
それは同時に敏感な僕からすると、ああはなりたくないなと考える反面、たまに羨ましく思うこともあるからこそ不愉快なのである。
本来この画だけがあれば良かったのだが、、
なぜか坂田君。
もう済んだことなのでしょうがないが、一言だけ言わせてもらおう。
来年はそっとしておいてくれ。