タケシの無垢なホスピタリティ


思わぬところから、ホスピタリティとは何ぞや!?と思うきっかけとなった話をご紹介。

 

6月、中学野球部で一緒だった友達、タケシが東京で飲食店を開業したというので、東京での用事のついでに行ってきた。

 

彼は、都内でいくつかの飲食店で数年コックをした後、縁あって目黒区のとある場所で4月にオープンさせたのだそう。ジャンルは、ビストロとのこと。

食べログには1件だけレビューが載っていて、評価は上々。しかし1件だけなので、まぁアテにはならない。しかし奴の作るメシは旨い、というのは同級生の何人からも聞いていたので楽しみだった。

彼がSNSで上げている写真や食べログを見ると、かなり小さなお店で席数もかなり少ないとのこと。まぁ、前もって行くと伝えているし、行ったのは日曜夜だし、何しろオープンして2ヶ月。

オープンしたての頃はきっと、友人や前職の店の客なんかがお祝いがてらで一時的にごった返したろうが、2ヶ月もすれば流石に落ち着いているだろう。会うのは1〜2年振りだし、ゆっくり思い出話でも語れるだろう、と高を括っていた。

店は、駅から徒歩1〜2分ほどの商店街の中にあり好アクセスだが、路面店ではなく、ビルに入って1階の中廊下を5mほど進まないと見えてこない。通路には小さな立て看板ひとつ。アットホームな感じで店名と簡単な紹介が手書きで書かれている。

挨拶もそこそこに店内へ入ると、通い慣れた感じの先客が2名。ほらね。って別に、少ないことが嬉しい訳ではないが、開店2ヶ月にして、常連風のお客さんいるだけでも上出来じゃん、と思った。
 
 

やはり驚くのは、その店の狭さだ。食べログの情報は決して大げさではなかった。見渡して、ざっと6帖。L字型にカウンターが置かれ、座れる人数はぎゅうぎゅうで7名ほど。

カウンターの内側の厨房も、当然ながら狭い。人が2人入ったらまず身動きが取れない。ドリンクとナッツだけのバーならまだしも、洋食を出す店だ。こんなところで作れるのかよ・・というのが率直な感想だった。
 
 

ひとまず席に座り、振り返るようにして壁の黒板のメニューを見ると、どれも安め・・。本当に大丈夫なのか??

そして、ダンカン! じゃなかった。

タケシ!このやろう!

注文聞きから、ドリンク注ぎから、会計、調理、皿洗いまで忙しそうに1人でやっているものだから、全く会話ができないじゃないか!(笑)

特に調理については、こちらに背を向け、とにかく必死にカタカタカタカタ作っていて、全く話しかけるタイミングが掴めない。他のお客さんはその姿に慣れているのか、勝手に盛り上がっている。

その背中は間違いなく頑張っているけど、これは頼んだら相当時間かかるぞ、先に頼まないと!タケシ、おすすめは・・「カタカタカタカタ!」 くそ!腹減った!

 

take2
素早い手捌きで調理するタケシ。

そうこうしているうちに、客が次々と訪れては、やはり慣れた感じで座って、注文していく。すぐに空き席はなくなってしまった。というかむしろ、その後にも更にお客さんが来て、当然席がないから断っている事態。

おいおいおいおい、思ってたんと違うぞ・・。

自分たち以外、全員常連さん。そのうちの1人の若い感じの女性と話すと、週2回来てるんですよ〜と笑う。もう引退してるっぽい明るいおじさんは、食べ残した肉とオムレツをタケシに包んでもらっていた。皿ごとだったので、また近々、来るのだろう。
 
 
こんな風景を見て、気づいたことが一つあった。
 

この狭い感じ、強制的に店内の他の客と話さざるを得ない感じ、追加の人が来たら席を詰める感じ、後ろに人が通る時に協力して通路を確保する感じ・・これ、博多の屋台と一緒じゃないか!

こんな、客同士が一体感を感じずにはいられないシステム、タケシ、絶対狙っていない。結果オーライだろうけど、間違いなく常連さんの心を掴んでいる・・。恐ろしい奴。

そして、決して華麗な手さばきとは言いがたいものの、とにかく一生懸命に作ったメニューが、これまた旨いし、盛り付けも上手い。これは女性ウケするだろうし、何しろ安価。こんなの南青山なんかで食べたら2〜3倍ぐらい取るんじゃないだろうか。というほどのクオリティ。

take1
こんな料理が、「大丈夫かよ」という値段に設定されている。
 
 
少し調理が落ち着いたらしいので、タケシに聞いてみた。

「これ、採算取れてるのか?価格設定間違ってるだろ」

「いや〜俺は儲けようとかなくて、それなりに生活していけるレベルでいいし、なんとかやっていけてるよ。それに、こう見えても前職で社員で働いていた時より収入上がったんだよ」

売上が月にこんなもんで、それから家賃、材料費が・・と小声で始めるタケシ。そこまでは聞いてない!

「それにしても、常連さんばっかりで凄いな。最初はチラシ配ったり、情報誌なんかに載せたりしたの?」

「全くだよ。実は忙しくてまだ名刺すら作っていないんだ。本当に有り難いよね」

ふらっと入ってきたお客さんが、気づいたら常連になっているのだそう。聞けば聞くほど、自分の中の“飲食店はこうあるべき”な考えと真反対の話が出てくる。確かに、広告費ゼロなら、この価格設定も少し納得ではある(それでも安いが)。なんと規格外な男だ。でも昔はそんなに破天荒な奴じゃなかったはずだぞ。
 
 
そんなことを思いながら目を下に向けると、シンクに洗う前の皿やグラスが山のように積まれていた。

「ていうか、皿洗い、手伝おうか?」

「とんでもない!いいよいいよ!」

開店以来、自分以外の人に皿洗いを手伝ってもらったことはないのだそう。当然といえば当然なのだが、不思議とこの店に関しては手伝うのが自然みたいな雰囲気なので意外だった。タケシの頑張りを見ていると、こっちが何か手伝いたくなってしまう、そんな空気感があるのだ。
 
 
「ワインお替わり〜。グラス交換しなくていいから、多めに注いで〜。え〜それだけ??もっともっと、やったー!」

 

こんな感じで、お姉様方にも、可愛がられているのだった。

そう、これだ。彼は昔からいじられキャラだった。愛すべき末っ子キャラ。それが、図らずともこの店で存分に発揮されているのだった。プラス、頑張る姿に対する応援。それらが常連獲得の最も大きな要因じゃないだろうか。結果的に、料理はそんなに待たされなかったが、仮に待たされたとしても許せる気がする。

この店舗だって、彼を可愛がる人ヅテで、破格の賃料で借りれているのだそう。金額を聞いた時、「福岡かよ!」と思った。
 
 

普段はナヨッとしているけど、実は調理中、オムレツの出来具合が納得いかなかったのか、完成直前でバッと捨てたのも見ていたぞ。「どうせ安いし、この程度なら〜」じゃない。出来について、譲れない何かがあるんだろう。
 
 
やられた、完敗。タケシ、お前は凄いよ。
開店2ヶ月でこの状況は、間違いなく成功と言っていい。
 
 
もちろん味への努力もしてきたのだろうけど、キャラや場作りについては全く計算してないで、この結果が出せていることが凄い。素と努力の勝利だ。
 
・店が狭い
・お金がない
・人脈がない
・口ベタだ
 

周りで、こんなことを自分の失敗の要因として捉えている人がもし居たら、タケシの店を教えてあげたい。と、帰り道に思った。