田舎の飲み屋の怪


今はもう別の施設に建て替わってしまいましたが、ひと月かふた月に一度、思い出したように出かける食堂がありました。

 

その店は、広いタバコ畑の中にぽつんと建っていてどこからでも目立つのですが、店の前まで来ると、やっているのかいないのかよくわからない、奇妙なたたずまいなのです。

 

引き戸を開けて中に入ると、ガランとしていて人の気配がない。

 

狸にバカされたような気持ちで板張りに上がり込んで待っていると、

 

「はいはい、いらっしゃいませぇ」

 

場違いに威勢のいい声がして、割烹着姿のおばさんが出て来る。ギョロリとした目にくまができていて、思わず老練の狸を想像してしまうのです。

 

安易にカレーなんか注文すると、気がついたら砂に泥がかかったものを食べていた、なんてことになりはしないかと心配になるのですが、味はよく、これなら他の鍋物なんかも期待できそうです。

 

いつだったか、昼食をとりに入ると、農作業の途中らしいおばあさんが一人、カウンターにしがみつくようにして焼きそばを食べていました。

 

おばあさんは私を見ると、恥ずかしそうにうつむくのです。私は見てはいけないものを見てしまった気がしました。

 

狸がバカしたといえば、なじみの焼き鳥屋もそうです。

加布里湾に面して建つその店は、夜、街灯もなく人通りが途絶えた中に、ぼぉっとあかりを灯していて、この世のものとは思えない風情。

 

それでもちゃんと客がついているのが田舎の飲み屋の不思議。うら寂しい通りからは思いもよらず、青壮年たちで賑わっているのです。

 

「もう家の支払いも終わんなったろう」

 

糸島弁の主人の口癖。

 

これが客を気持ち良くさせるのか、今夜も店は満席。カウンターにすべり込む余地もなく外に出ると、見事な満月がのぼっていました。

 

振り返れば、焼き鳥屋の窓に、狸とも猫ともつかぬ影が酒を酌み交わしている。

 

糸島にはなぜか不思議な店が多いのです。

matsuo